欧州ライダー通信 第1回:ロンドンで見た、EVと都市の奇妙な蜜月
ULEZが拡大するロンドンで、EVと都市の「奇妙な蜜月」が始まっている。欧州在住28年の筆者が、バイク文化と環境規制の最前線をレポートする創刊号。
この記事の注目ポイント
- ロンドンULEZは2023年に全区へ拡大し、基準非適合の二輪にも1日12.50ポンドの課金がかかる。
- 都市の排出規制は大気改善だけでなく、旧型二輪の維持費、通勤手段、地域のバイク文化まで変える。
32歳でロンドンに渡って以来、私はバイクを通じてヨーロッパという「場所」の多様さを学んできた。最初の数年は戸惑いの連続だった。日本ではバイクはどちらかと言えば個人の趣味として完結しているが、欧州ではバイクが社会問題の焦点に立っている場面に何度も出くわした。排気規制、都市部の交通政策、環境税、補助金制度——これらの話題はライダーたちのパブでの会話に当然のように混じってくる。ここではバイクは単なる乗り物じゃない。政治の道具であり、文化の象徴であり、環境問題の焦点でもあるんだ。その複雑さを日本にいると実感しにくいが、ロンドンに住んでいると毎日のように感じることだった。この連載「欧州ライダー通信」を始めるにあたって、最初に話したいのは今ロンドンで起きていることだ。EVと都市の奇妙な蜜月——その現場を伝えることが、この創刊号の目的だ。
ロンドンにいた頃から、この街のバイク事情は本当に面白かった。ULEZと呼ばれる超低排出ゾーンが2019年以降段階的に拡大され続け、今ではロンドン市内ほぼ全域をカバーしている。排ガス基準を満たさないガソリン車には一日あたりの走行課金が発生し、ライダーたちの財布を直撃している。しかし不思議なことに、ライダーたちはすんなりとEVに乗り換えるわけじゃない。欧州では環境規制の強化が急ピッチで進んでいるにもかかわらず、「バイクらしさ」への執着が強く、静かで振動のないEVを「これをバイクと呼んでいいのか」と首を傾げるライダーが本当に多いんだよ。欧州では、バイクに「感覚的経験」を強く求める傾向がある。エンジンの鼓動、排気音、シフトチェンジの手応え——これらは走行性能とは別の次元で価値を持っている。その「儀式的な体験」が欠落していることへの不満は、感情論として退けられるべきではないと私は考えている。
欧州のメーカーも、この課題に真剣に取り組んでいる。Triumph TE-1のプロジェクトが「英国製EVバイク」として注目を集めた背景には、エンジン音に近い人工サウンドの研究が含まれていた。これは欧州メーカーが「感覚の代替」を真剣に模索している証拠だ。BMWやKTMも同様に、EVモデルの開発と並行して「バイクとしてのキャラクター」をどう電動に引き継ぐかを議論していることは、現地の開発者インタビューからも明らかなんだ。一方で、都市の側からバイクを見ると話は変わる。ロンドンのような古い都市は道幅が狭く、路上駐車が多い。小型の電動バイクで抜けていくスタイルは、都市の物理的な構造と非常に相性がいい。実際、デリバリーワーカーたちの電動スクーター化はこの数年で劇的に進んだ。彼らにとってバイクは「感覚的体験」よりも「仕事の道具」だから、移行抵抗は趣味ライダーよりはるかに低いんだ。欧州では今、同じ「ライダー」という言葉のなかに、まったく異なる文化的文脈が共存している。
この状況を日本のライダーも無関係だとは思えないんだよ。欧州の規制が日本市場に波及するまでの時間は年々短くなっている。日本メーカーの多くが欧州の排ガス規制や都市政策を先読みして開発方針を決めているという現実を考えれば、ロンドンやパリで起きていることは、東京のライダーにとっても他人事ではない。欧州では今、バイクという乗り物の定義そのものが揺れている。それはある意味で、非常に豊かな変化の時代だと私は思っている。古いものが壊れ、新しいものが生まれる瞬間に、現地から立ち会っている。
「欧州ライダー通信」では、政策の話、メーカーの動き、ライダーたちの肉声——できるだけ現場に近いところから報告していく。ロンドンにいた頃に培った人脈と、欧州全域への取材ネットワークを活かして、日本ではなかなか届かないリアルな情報を届けたいと思っている。欧州はひとつの国ではない。イギリス、ドイツ、フランス、イタリア——それぞれに異なるバイク文化があり、異なる規制があり、異なるライダーたちがいる。その多様性こそが、欧州というフィールドの面白さだ。毎回、欧州のどこかの「今」を切り取って届けることを約束する。読んでくれる人たちに、この「場所」の豊かさと複雑さを、できる限り正直に伝えていきたいんだ。
欧州のバイク文化は今、混乱しているようでいて、実はとてもエネルギッシュな時代にあると私は感じている。EVという新技術と、バイク文化の根底にある感覚的価値との衝突——この緊張関係が、結果として「バイクとは何か」という問いをより明確に意識させるきっかけになっているからだ。対立は創造の源でもある。ロンドンにいた頃から、その繰り返しを見てきた。環境規制が強まるたびに、ライダーたちは自分たちの文化を言語化しようとする。それが欧州のバイクシーンを豊かにしてきた。現場から定期的に届けることを楽しみにしている。次号ではドイツのレーン・スプリッティング法制化の動向と、それを巡るライダーコミュニティの反応を取り上げる予定だ。
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